なんか本でありそうなタイトルですが、
最近の私が感じたこと。
疑問を感じる時、人は脳を使う。
ということ。
疑問(心配)なく通勤、通学できる状態
余暇を弄ぶことがない状態
買い物に行って、即時即断する必要がない状態
金銭や時間の条件がシビアでない状態
そういうある程度の条件下に、何かを治めていかないと
いけないということが、今の社会では減っていると感じます。
それが、ワーキングプアーやニート、ゆとり教育に現れていると
感じます。
この1~2ヶ月で50人以上の若い人と面談し、また、
先日は出身大学の教授とじっくり話をして、改めて感じたことは、
年々、考える機会、シビアな条件というのが減っているということ。
疑問がないから、夢を形成できない、
夢が無いから、細かな失敗を恐れる、
傷の舐め合い的な、狭く幅もない人間関係の中で、
ますます、脳が萎縮され、ビジネスや両親の効率という中で、
考える機会が削られていく。
大学の現場でもこの1~2年に入学した人は、今までのように授業が
できないそうです。仮に2ペーシの予習をしましょうと話をしても、
どんなに大切な授業でなくても2割はもやってきていたが、今は1割りもいない。
1~2人しかやらないそうだ。
夢がないから、院生にも上がろうという人も少ないそうだ。
ウチの学科は少なくとも、外国語という部分で「やりたい」と思う人が
入る少人数制の学科なんだがそれでも、そんな状況らしい。
少子化やプライバシー過敏による刺激の減少、
ネットで事前に調べれてしまうことによる事前情報依存
どんどん、細かい失敗のミスを恐れ、浅い経験と傷の舐め合い敷かない相談で
夢を持ったり、実現したり、就職や恋愛といった機会を自閉させていっている気がする。
なにより、疑問を持つことが減った。不足感(知足)というのが、
どうやら全ての原因に感じる。
褒め育ても肝心だが、確りと「何故」を考えさせる癖を付けさせてやりたい。
夢といっても壮大なものでなくてもいいが、自分の中に「これが幸せ像だ」というのは
もてるように育てていきたい。
まぁこれは、子供に対してだけではなく、自分や家内、両親にも言えることなんだろうけど。
真心もって接せる「人間関係(縁)」を、明るくなれる「希望」を、誠実に進める「夢」を
ひとつひとつ大切にしていかないと、先の10年、20年で苦しみますね。ほんと。